高原のサナトリウムで静養する人、
働く人、面会に訪れる人…。
静かな日常のさりげない会話の中にも、死は確実に存在する。
平田オリザが新たに見つめ直す「生と死」。
こまばアゴラ劇場は2024年5月をもって閉館いたします
昨年春、劇場と劇団内部でアゴラ売却の方針を決め、不動産業者も驚くほど早くよい買い手が見つかり、12月1日の閉館公表まで少し沈黙を守らなければならない時間がありました。この期間、多くの皆さんに不義理をすることとなった点をまずお詫びしたいと思います。
売却が決定してからも、それを公表してからも、自分でも驚くほどに淡々とした気持ちで、どうも私にはノスタルジーのような情感が欠如しているのだろうとあらためて思いました。
もちろん、まったく感慨がないわけではありません。『S高原から』『ソウル市民』『東京ノート』と、のちに世界中で上演することになる作品群は、いずれもこのこまばアゴラ劇場で生まれました。稽古場も劇団の事務所もここにありましたから、20代から30代前半、私は一日のほとんどの時間をこの建物の中で過ごし、仲間とともに新しい演劇の可能性を追い続けてきました。
そうであっても、やはり強い想いは感じられない。閉館の日が来れば少しは変わるかとも思いますが、いまは、肩の荷が下りたような感覚です。
なんだかサヨナラ公演のチラシの文章にしてはふさわしくないものになってきましたが、本意はそうではないのです。青年団もこまばアゴラ劇場もこれまで、創立○○周年といった行事をほとんど行ってきませんでした。少なくとも私にとっては、いま創る作品とこれから創る作品がすべてで、それ以外のことにはあまり関心がないのだと思います。
こまばアゴラ劇場の歴史は、100年後、日本演劇史の中に位置づけられるものとして考えたいと思います。それがきちんと位置づけられるように、これからもいい作品を一本でも多く創っていきたいと願います。
40年間のご愛顧、ありがとうございました。オーナーである平田家を代表して感謝申し上げます。閉館までの最後の一ヶ月間を満席の客席で過ごせればと思います。
平田オリザ