平田オリザと青年団は、演劇の上演以外に、多方面での教育活動を展開してきました。
 

「演劇とは何か」を主体的に考える場

青年団は、自分たちの演劇をより深く理解してもらうために、観客に向けてのワークショップ活動を盛んに展開してきました。特に、全国公演の際には、ワークショップやレクチャーを併設し、旅公演が単なる巡回興行に終わらないような新しい地方公演のシステムを生み出してきました。青年団のワークショップは、演劇の技術を教える従来からの「演劇教室」とはちがい、「私は演劇をこう考える」「私には世界はこのように見える」「人間とは、このような存在なのではないか」といった、演出家の演劇観、あるいは演劇を通しての世界の見方、人間の見方が、その作業のなかに反映されたものです。青年団のワークショップは、平田の演劇観の紹介を通して、参加者に「演劇とは何か」ということを主体的に考えてもらう場なのです。

 

演劇は「誰にでも参加できるが、複雑で高度なもの」

初めて青年団の作品を見た観客の感想に、「作品のテーマが分からない」「作者の言いたいことはなんだったのか」というものがよくあります。これは、青年団の演劇が、通常の意味での「主題」や「明確なストーリー」をもたない現代演劇であることによります。現代演劇においては、観客は「主題」を追い求めるのではなく、「私には世界はこのように見える」という、作り手の世界観と直接向き合うことが要請されます。それは、現代美術の鑑賞などに似ているかも知れません。青年団のワークショップでは、演技や演出、劇作などの、演劇を創るという作業の困難や充実を疑似体験してもらいます。演劇が「誰にでも参加できるが、実は複雑で高度なもの」であることを理解してもらいたいと私たちは願っています。そのことを通じて、演劇を観るということは、単に主題を追うのではなく、戯曲、演出、俳優の身体や言葉などを通じて、様々な楽しみ方ができるのだということを実感してもらいたいのです。青年団はワークショップを通じて、演劇が市民社会に対してより開かれたものになる環境作りを模索しています。

 

地域の要請にあったワークショップ

もちろん、ワークショップは、観客の育成だけがその目的ではありません。地域における様々な状況と向き合いながら、青年団のワークショップは行なわれています。例えば、参加者の大半が演劇経験者である演劇の盛んな地域では、今後の活動の助けとなる具体的な知識や技術の獲得がワークショップの目標となるでしょう。演劇の盛んでない地域なら、高校の演劇部などを対象に次代につながるものを目指します。劇団も高校もない地域では、まさに「演劇の楽しみ方」の獲得を目標にして、鑑賞者のためのワークショップを行ないます。その地域の要請を明確にしていきながら、青年団のワークショップは、様々な形で行なわれています。また近年では、平田オリザのワークショップのみならず、舞台美術(杉山至)、俳優(山内健司、他)、制作・アートマネジメントなど、様々な分野のワークショップを組み合わせ、舞台芸術の全体像を感じ取ってもらうワークショップも展開しています。

 
 

国語教科書への採用

平田オリザと青年団のワークショップ活動は、ただ単に、ワークショップを開催するだけではなく、オリジナルのワークショッププログラムや教材を開発することにも力を注いできました。その最大の成果は、2002年度から新しい教育指導要領に基づく国語教科書の中に、平田のワークショップの方法論が採用されたことでした。現在では、年間で二十万人近い子供たちが、このプログラムに沿って、教室で演劇を創る状況になっています。平田は、この教科書を使ってのモデル授業を全国各地で精力的に行っています。

 

大学教育

2000年度から、平田は桜美林大学文学部の助教授に就任し、新しい形の演劇教育、総合的な演劇人の育成を目指したプログラムを実践してきました。2004年度には、その最大の成果として、青年団と桜美林パフォーミングアーツプログラムの合同公演『もう風も吹かない』を上演し、2005年度には、その作品が、JICAの国際協力50周年事業として全国公演されました。さらに2006年度からは、独立行政法人国立大阪大学コミュニケーションデザイン・センターに所属を移し、専任教授として、新しいコミュニケーション教育の実践にあたっています。大阪大学では、大学院生を主な対象に、これまでにない、演劇を通じて「教養としてのコミュニケーション学」を学ぶ、様々な新しい講座を開講しています。また、世界最高水準の技術を持つ大阪大学のロボット工学研究室と協力して、世界初のロボット演劇を制作、2008年には学内にて実験公演を成功させました。現在、通常の劇場での公演に向けて準備を進めており、2010年に開催される“あいちトリエンナーレ”で、最初の公演が行われる予定です。

 

海外における教育普及活動

平田オリザは、フランス、イタリア、ベルギー、アメリカ、韓国、香港、東南アジア各国、オーストラリア、イギリス等でもワークショップを開催し、高い評価を得てきました。2006年1月から、三ヶ月間の短期客員教授として、カナダのビクトリア大学に赴任して演劇の講座を持ちました。また、2010年2月~3月には、フランス・リヨンの国立高等師範学校(エコール・ノルマル・シュペリウール)の客員教授への就任が決まっています。近年は、海外での日本語教育界において、平田の活動が注目を集め、ワークショップなどが開催されています。2007年には『東京ノート』を素材とした日本語教育の為のCD-ROMが発売されました。